平成21年1



〈『薬猫』の店頭看板〉
 県内の年配の方は、帝國製薬といえば殺鼠剤を思い浮かべる。写真は、現社主赤澤庄三氏の祖父である赤澤忠太郎氏が考案した薬屋の店頭向け殺鼠剤『薬猫』の宣伝用看板である。その薬は、黄燐とデキストリン、砂糖を混ぜた黄燐性殺鼠剤であり、大正15年(1926)1月創製、発売された。下部の箱は貯蔵箱で鍵がかかるようになっている。当時は今と違ってねずみによる被害は甚大であり、「殺鼠富国論」の追い風で帝國製薬は大いに利益を上げた。反面、黄燐は毒物であったために、多難な事件もあった。
 殺鼠剤と聞けばティラットも有名だが、これらは黄燐が含まれていない。庄三氏が心身気鋭のころオキシクマリンの合成に成功し、固形オキシクマリン国産化第一号が市販されたのが昭和29年(1954)のことであった。その後、人には安全なクマリン系殺鼠剤が主流となった原点がここにある。
この看板は、30年前同社が社史を編さんする折に現存していた唯一の貴重な逸品であるとのこと。(増井武彦記)