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平成20年1月 |
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〈薬売りの洋傘〉 100年前のものとはとても思えないこの美しい洋傘は、赤澤寿世堂薬館(明治19年創業)が明治25年から自社の薬を売り歩く行商人に持たせた「歩く広告塔」である。ちょうど洋傘の国内生産が開始されたときで、この傘による宣伝法はたちまち香川県下の行商に波及して讃岐売薬千金丹売りのシンボルとなった。六神丸、珍丹、朝日水、皮虫などの行商売薬名が見える。明治40年頃は北海道を始め、全国津々浦々を売り歩いた行商人は200名もいた。 ステッキの部分は今と違って木製で、手元屋によって作られたように見える。洋傘は文明開化のハイカラな商品であって、宣伝効果は抜群だったことは疑いない。薬業界もこの傘のようにパッと咲いてほしい。 (赤澤寿世堂薬館は、現在の帝国製薬株式会社である。) (増井武彦 記) |
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| 内側から見ると手元がよく分かる |