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平成17年10月 |
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![]() (昭和32年5月撮影した本社工場全景) |
| (株)伏見製薬所社長伏見豊氏の祖父 豊次氏が大正12年2月、コンピラ染料会社を丸亀市金倉町(現中津町)の金倉川尻に興した。当初は芒硝、塩酸を主に製造し、芒硝は染料メーカーの帝国染料に、塩酸は軍需用として呉海軍工廠に納入していた。昭和4年、伏見製薬所に名前が変わり、昭和8年初め中国からいれたバリウムの硫酸塩を主成分とした垂晶石を原料として塩化バリウムの製造を始めた。 この直径1.6mの巨大な石臼は上部の両輪の石がモータで動く仕掛けになったフレットミル(粉砕機)で、垂晶石を粉砕するために使われていた器具である。従業員は熟練の職人技や経験と勘で、粉砕作業を1年中休み無し2交替制で24時間作業を続けた。塩化バリウムは後に硫酸バリウムの基となるものになり、硫酸バリウムは今や、(株)伏見製薬所の経営を支える主力商品である。 敷地内に保存されている石臼の前に立つと働いていた従業員の汗と82年の歴史の重みがずっしりと伝わってくる。((株)伏見製薬所総務部総務課 河崎大作 記) |
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