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平成17年7月 |
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大正8年12月に開業した父(小野清景)が、昭和12年に近所の玄龍寺から“順血振薬”の処方せんを譲受して県の売薬免許証を頂き、製品を販売し始めた。“順血振薬”は、丁子、人参等10種以上の生薬からなっており、家内工業で生薬を細かくして寒冷紗のような目の荒い袋に詰めていた。昭和16年、太平洋戦争勃発後ほどなくして原料生薬が手に入らなくなり、製造中止に追い込まれた。 その時我が家で使われていた道具がこの片手切と両手切である。前者で生薬をあら切りして、後者でさらに細切りにしてから、粉末を除いて、均等な粒子にして混合し、袋詰めにしていた。片手切りも余り力を入れなくてもスパッと良く切れるし、両手切は曲がった刃の上に重石をつけて左右に揺らして力をいれずに切れるようになった優れものである。 また、現代の生活で便利なものとして使われているティーバッグの原型がすでに振薬(振り出し薬)にあったと思うと、先人の知恵に脱帽である。この機会に昔の整理をしていると、大量の順血振薬の箱が出てきた。箱のむこうに父の顔が浮かんだ。(小野龍雲堂薬局 小野武 記) |