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平成16年1月 |
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天保3年創業の薬業界の老舗、「神原薬業」の発祥の地は多度津町であった。薬学会館初代理事長・神原 洋氏の祖父真之助氏が大阪の武田、藤沢など薬屋と取引を開始した明治38年ごろ、西洋薬の黎明期であり、父 健吉氏が県下でも10人はいなかったという薬剤師の資格を取得した。 この写真は前身である神原薬房多度津本店の二階屋根に白黒写真にあるようにずらっと並べられていた高さ120cm看板の一つである。この頃、各メーカーが競って宣伝に努めたヒノキー枚板作りの看板である。まだこの他にも、この仁丹の看板を含めて14枚ほど現存している。100年近く風雪に耐え、色も剥げ落ち、相当痛んでいた看板をメーカーと時代考証をしながら、20年程前本職の手によって原型に近く修復し、往時の輝きを取り戻したものである。 森下仁丹も戦争で全てが焼失したので、明治38年創業当時のこの「仁丹」の看板をまだ入手できていない逸品であるとか”かがやく”を見て連絡を頂いた神原正氏(元神原薬業専務、現神原商事社長)からうかがった。 (増井 武彦 記) |
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